« 2006年2月 | トップページ | 2006年4月 »

2006年3月19日 (日)

お久しぶり~~でへへ

ひっさびさの更新です!

内容ないけど!!

えっと、もし待っててくださった方がいらっしゃったなら、ほんとに申し訳ありません。

ジャンピング土下座。

もし誰も待っててくれてなかったら・・・

まあいいや。

長いこと留守にしてた理由はまあ色々ありまして、

1. 修論

2. 卒業前のゴタゴタ作業

3. イタリー旅行(ひゃっほい♪)

4. 引越し準備

ま、最後に精神的なものというのもありますが。

いやはや、しんどかった。しんどかったよ修論。

終わった瞬間、もう全部どうでもよくなっちゃった。燃え尽き症候群。はは。

2月半ばの発表が終わったあとも、修論自体の提出が待ってたわけですが、なかなかヤル気が起きず、結局は提出期限ぎりぎりにまた徹夜しながら仕上げたわけです・・・(リポ再び)。そして修正をくらいました・・・。終わらず・・・。

3月の頭あたりにようやく提出も終わり、実験の引継ぎ作業も終わり、イタリー行って帰って即卒業式で、現在引越し準備に追われてます。

思えば長かった。6年間もこの陸の孤島に閉じ込められて、よく過ごしてきたと。

修論卒論両方の発表が終わったあと、研究室の打ち上げやら追いコンやらいろいろ飲みまくりました。

追いコンでは、これまでの想いが溢れて泣きまくってしまった・・・。ヤベーヨアレ。

みんな引いてたよ。泣きすぎやし。まーうちだけじゃなかったけど・・・。

今年のM2はよく泣いた。色々あったし、思い入れもそれぞれ強かったのでしょう。うちも色々あったなー、この6年間。あくまで当人比やけどね。

以下ほんとにウザイ系呟き。気持ちが悪くなる人は見ないほうがよいかもね。

最近この6年間を思い起こしてはうるうる一人でやってる事が多い。こっそり。追いコンは別やったけど。

色んな人に出会えたし、中にはかなり強烈なのもあったし。変わった部分も多いと思う。たくさん影響も受けた。

『縁』、っていう言葉。最近身に滲みる。今、そしてその時、出会えたことに意味があるのかもって。長い人生の中で、相手の一瞬とこっちの一瞬が交錯する。全く別のベクトルだったのに、何がきっかけで出会っちゃうのか。そのまま寄り添うこともあるし、離れてしまう場合もある。

離れてしまうのは悲しいことやけど、いつかまた。会いたいと思って会えないことなんてないと思うし。相手に全力で拒否られたらわからんけど。

いつかまた出会って、また話したい。昔のこと、今のこと、そしてこれからのこと。変わったねって、変わらないねって言うのか言われるのか。

素直に言えなかった事がたくさんある。例えば好きって言葉。友達に素直に好きって言うのって恥ずかしくて言えんかった。どうしようもなく弱いところ。相手に先に好意を示してもらわんと動けんところがあった。皆一緒なんかもしれん。一緒ってとこに甘えとった。でもそれじゃいけんて、最近気付かされた。今のままの自分じゃどうにもできん。どうにも太刀打ちできんけど、2年3年、5年10年後、今よりもっと強くなってまた会いたいと思う。

やらないかんことがいっぱいあって、日々の雑務に追われてなんとなく時間が過ぎるってことだけには絶対なりたくない。考えたいことがいっぱいあるし、やりたいこともある。そいうことをできる力が欲しい。やりたいことやって、強くなって、そして今よりもいい女になって再会できたら最高。

だからまたいつか。ご縁がありますように。

| | コメント (2811) | トラックバック (22)

2006年3月16日 (木)

精神年齢について考えてみた

タイトルだけだとなんだか偉そうな雰囲気。

でもそんなたいそうな内容ではナイヨウ。死

ぶっとばされっぞ。

いやね、最近、生きた年月的には年上でも、精神的には年下に思えちゃうような人達に出会ったから、ちょっと思いついただけ。別に自分が大人って思ってるわけじゃないけど、世間が思う程度の年相応さは身に付けてるつもり。

ここで一つ大人度チェック。

精神年齢ってヤツは、まあ実年齢と近ければ問題ないけど、どちらかに極端によっちゃった人ってのは、やっぱ自分でも気をつけないといけないところがあるんじゃないかと。特に要注意なんが、世間一般ではイッパシの大人って年齢になっても中身が子供ってヤツ。

ここで勘違いしてはいけないのが、子供の部分を残した大人と子供っぽい大人は違うってこと。

子供のように何かに夢中になれる人、個人的な楽しみの中に、子供な心を持ってる人っていうのは、素敵だと思う。これが、子供の部分を残した大人のこと。わたしが問題だと思う子供っぽい大人の特徴は以下の点。

● 気がつけば、何かにつけ親や夫(妻)、上司、会社などのせいにしている
● 理想の異性の第一条件は、自分を包み込んでくれる包容力や癒し
● 見返りもないのに、他人に施しをするのはイヤ
● 気がつけば、自分のペースで話しているか、逆に聞き役に徹していることが多い
● 遊びや仕事の計画を、自分主導で進めたことはほとんどない
挨拶やお礼、おわびをいうのは苦手

これは、AllAbout の精神年齢をアップさせる5つのレッスンてところに載ってた項目。

うちの言いたいことに非常に近く、うち自身なるほどなと思ったのでお借りしました。

これ、自分でも当てはまるわ~~ってところ、ありまする。

人のせいにしたり、責任を転嫁するのはいけないと、ちっさい頃から言われてたし、そういう事をし続けた人の末路がどんなんだか、ちょっと垣間見ちゃったりしてるんで、肝には命じてるけど、本音のところでは『くそーこいつのせいで~(怒)』とか思ってることはある。それが出ちゃうこともあると思う。うーん、自制って難しい。

包容力ってところ、ちょいと前まで普通に理想の中に入れてた。今は理想とか、そういうの考えることがないから思わないけど、ダリンのそういう所に甘えてる部分は多々あり。

施しってゆーのどこまでのもんを指すのかはわからんけど、他人が出しっぱにした物を片付けるのとか、頼まれごととかあんまり苦ではないので、見返りなきゃイヤ!とまでは思わん。しかし、人の好意に胡坐かく輩には大いに反発&ムカつきます。そういう意味では感謝という見返りを求めとるかも。

聞き役ってとこは、あてはまる~。まあ相手によるけど、最近はマシンガンな友に口を挟ませてもらえない事が続いてるので、なんか自分で話すよりしゃべらしといたほうが楽とか考えてる・・・。いかんいかん。これも甘えの一種か。

自分主導ってやつは、場合によりけり。親しい人らの中ではわりかし主導を取ることもあるけど、最近は・・・実家の友には任せっぱなしやし、研究室では率先してなんかすることなしな。あれ?退化していってるの?ワタクシ・・・・・・。

お礼やお詫びはちゃんと言えてる・・・と自分では思ってるけど他人がどう思ってるかはわからん。がびょーん。でも、人としてそのあたりは当たり前だと思うので・・・どうでしょう・・・。

なんか書いててむなしい気持ちになった・・・。

取り立てていい人でもないし、悪人でもないし、大人すぎず子供過ぎず、まさに『実年齢そのまんま』ってやつ。

精神鑑定占いでは、『適度に大人やけど、面白味にかける』って出た。

ちょっとショック。面白味ナシ・・・関西人生命に関わる判定だわよコレ。

所詮占いですけど・・・。

話がずれた。

結局何が言いたかったっていうと、自分で思ってるより、実際は意外と子供っぽい、未熟な部分ていっぱいあるですわ。それに気付ない人が結構多いと思うのよ、コレが。うちもその一人。

何がきっかけで気付くかはわからんけど、たまにはちょっと自分を振り返って、謙虚な気持ちで問いかけてみるのもいいかもしれない。

『わたしって一社会人として自分に責任持ててる? 他人に不快な思いさせてない?』

気付いちゃうと、一杯直すところがあって結構うんざりしちゃうかもだけど、もし自分になりたい姿や理想があるなら、そうなる為にもやらなきゃいけないことやんね。

うちも来年からは会社入って世間の波に乗っていかなきゃなりません。

今の自分と社会人との間には、たくさんギャップがあるやろうけど、少しずつ少しずつ、ここのタイトルのように、『Lento-ゆっくりと、穏やかに』 成長していけたらいいなって思う。

そしたら、いつかはちっさな努力が積もりに積もって、なりたい自分ってヤツに近づけるんじゃないかな?って思う。

無知は罪、だけど、知ろうとしないことの方がずっと罪だと思う。

嫌な所にも目をつぶらないで、ちゃんと受け入れて、いつかステキな大人になりたいな。

ってなところで締めくくろうかと思います。

長々とどうもありがとうでした。

久々にまじめにつぶやいた。

今日の追記。

なんかスッキリしたので明日からまた頑張ります。ちゃんとまじめに生きてるよ。笑

| | コメント (114) | トラックバック (22)

« 2006年2月 | トップページ | 2006年4月 »